J.S. バッハ「インヴェンション第1番」解説と当時の演奏法
ギターアレンジと装飾音を中心にInvention 1
装飾音:当時のトリル~ドイツ
ドイツ(当時は神聖ローマ帝国)はというと、バドゥーラ=スコダによれば17世紀の中部および南ドイツの装飾法はイタリアと同じ、中部および北ドイツで使用されていた装飾記号の標準化は困難だが、17世紀の終わり以降になるとフランスの影響が頻繁に見られると述べられています。(※31)
クヴァンツは「フルート奏法」の中で、トリルは均等または同一の速さで打つこと、上または下からの前打音と2つの音からなる後打音が書かれていてもいなくても付加されることを説明し、トリルの速さ(トリルの回数)について主音開始の譜例で例示しています。(※32)
バッハの息子カール・フィリップ・エマヌエル・バッハは「正しいクラヴィーア奏法 第1部」(1753年)の中で、トリルを4種類に分けて説明しています。これを要約すると次のように言えると思います。まず、標準トリラーで、これは上方隣接音から開始するトリルで、下から上へ進む2つの音からなる後打音が付くことがあること。次は下からのトリラーで、これは下からの前打音を付けた主音開始のトリルで後打音がつくことがあること。3番目は上からのトリラーで、これは上方隣接音から順次進行で下行する3音からなる前打音を付けた主音開始のトリルのこと。4番目は半トリラーまたはプラルトリラーで、これはレガートで下行2度の時にあらわれ先行音とタイで結ばれた後、主音開始で3音からなるトリルのこと。
プラルトリラー以外のトリラーは音価いっぱいに弾き続けること。トリルを弾く際に禁じられた5度進行が生じないようにすること。(※33)そして、プラルトリラーについて、「このトリラーは、カデンツやフェルマータのとき以外には、3つまたはそれ以上の音符が下降していくパッサージュにも用いられる(譜例116〔Fig.XLVIII〕)。そしてこのトリラーは、つぎに下降することを好む、後打音なしのトリラーの性格を持つことから、その後打音なしのトリラーと同様に、長い音符の後に短い音符が続く場合にも用いられる(譜例117〔Fig.XLIX〕)。」(※34)と述べています。

しかし、プラルトリラーのところで、長い音符の後に短い音符が続く場合にも用いられるとの説明で用いられた譜例では、跳躍進行の後にプラルトリラーが付けられています。この場合先行音とタイで結ばれることはできません。(※35)

また、カール・フィリップ・エマヌエルはスタッカートで急速な音符にあらわれ、プラルトリラーと同じ音の動きをする装飾音をシュネッラーと名付けました。このシュネッラーは、その後に順次下行することを好み、レガート音符にあらわれないと説明しています(※36)

クヴァンツはプラルトリラーを半トリルと述べ、前打音の後につく場合と、順次下行する3連音符の最初につくことを説明しています。そして半トリルは後打音がつくことがあることも譜例で示しています。先行音とタイで結ばれるようには述べていません。(※37)

ここまで見てきた中でトリルを表すのに、
、
が使われ、さらにプラルトリラーも
、
で表されています。バドゥーラ=スコダは長いトリル、短いトリル、プラルトリラーを示すのに
や
、
などが混在して使われ、
が長いトリルを、
がプラルトリラーを指示するよう習慣化したのは18世紀末になってからのことと指摘しています。(※38)
また、主音から開始されるプラルトリラーはバッハの後の時代からと言われることについて、バドゥーラ=スコダは、エルンスト・ルードヴィヒ・ゲルバーが編纂した音楽家事典(ライプツィヒ、1790-1792年)、トマス・デ・サンタ・マリーアの「ファンタジア奏法」(バリャドリド、1565年)や、フレデリック・ノイマン「Ornamentation in Baroque and Post-Baroque Music」(1978年)からの引用でヴォルフガング・ガスパー・プリンツの例も挙げ反論しています。(※39)